福岡高等裁判所 昭和60年(う)298号 判決 1985年9月24日
被告人 森田俊佐
昭一五・二・二九生 行政書士
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田中義信が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
所論は量刑不当の主張であるが、所論に対する判断に先立ち、職権をもつて検討するに、原判決には刑訴法三七八条四号前段所定の理由不備の違法があるといわなければならない。すなわち、
原判決は、「罪となるべき事実」において、昭和五九年八月三一日付起訴状記載の公訴事実と同一の事実を認定してこれを引用しているところ、右公訴事実は、「被告人は、他人名義で自動車の購入を仮装して信販会社との間にクレジツト契約を締結し、自動車代金の立替払金名下に信販会社から金員を騙取しようと企て、別紙犯罪一覧表記載のとおり、昭和五八年二月七日ころから同年四月二八日ころまでの間、前後八回にわたり、日本信販株式会社ほか三会社に対し、クレジツト契約に基づく割賦返済金の支払いの意思がなく、かつ、自動車購入の意思もないのに、これあるように装い、株式会社信和自動車工業代表者前川信夫ほか一名を介し、蒲原智明ほか二名名義の、自動車を購入しその立替払金を割賦返済する旨の「オートローン」等契約書を提出して同契約の申込みをし、そのころ福岡県久留米市東町四二番地の二一所在の右日本信販株式会社福岡支店久留米営業所所長塚本清人らをして、真実右蒲原ほか二名が自動車を購入するものであつて確実に割賦返済金の支払いを受けられるものと誤信させて、同会社らをして同契約を締結させた上、同表記載のとおり、同県八女市大字本村三四七番地の四所在の西日本銀行八女支店の右前川信夫の当座預金口座ほか一か所に、右オートローン等契約に基づく立替払金名目で合計六七二万円を振込み送金させ、よつて同年二月一七日ころから同年五月九日ころまでの間、前後八回にわたり、右前川信夫ほか一名をして右振込金の内から現金合計六三六万円の払戻しをさせた上、同人らからその交付を受けてこれを騙取した」というものである。右摘示事実は八回にわたる行為から成り、その内容は、いずれも、被告人が信販会社から金具を騙取しようと企て、(1)自動車購入の意思も信販会社に対する割賦金支払いの意思もないのに、信販会社従業員を欺罔して「オートローン」等契約(右摘示事実によると、自動車購入者が自動車販売業者から自動車を購入する際、その代金を信販会社が一括して自動車販売業者に立替払いし、自動車購入者が信販会社に対して右立替金を割賦返済することを内容とする契約であることが明らかである。)を締結させ、(2)信販会社をして、右「オートローン」等契約に基づく立替金を自動車販売業者の当座預金口座に振込送金させ、(3)自動車販売業者をして、右振込金の一部または全部を払戻しさせてその交付を受けた、というものであるが、以上(1)ないし(3)の事実のみによつては詐欺罪の特別構成要件を充足しているものとはいい難い。すなわち、右の事実関係において詐欺罪の特別構成要件を充足するためには、(イ)自動車販売業者が被告人と共犯関係にあること、(ロ)自動車販売業者が被告人による金員騙取の道具に過ぎず、信販会社から自動車販売業者に交付された金員が当然に被告人に渡るという特別な関係があること、(ハ)被告人が当初より自動車販売業者に金員を領得せしめる意思を有していたこと(右(イ)ないし(ハ)の場合には、前記(2)の時点で、振込送金にかかる金員につき詐欺罪が成立する。)、(ニ)前記(3)の金員交付が被告人の自動車販売業者に対する別個の欺罔行為に基づくものであること(この場合には前記(3)の時点で、交付を受けた金員につき詐欺罪が成立する。)、これらいずれかの事実が必要である。したがつて、これらの事実を欠く前記事実摘示は、刑罰法令を適用するに十分な構成要件的特徴を示していないものとして理由不備の違法があるといわなければならない。
そして、原判決は、昭和五九年八月三一日付起訴状記載の公訴事実のほか、同年五月一九日付起訴状記載の公訴事実(詐欺未遂)、同年七月一二日付起訴状記載の公訴事実(横領)と同一の事実を認定し、以上を刑法四五条前段の併合罪として一個の刑を言い渡しているので、その全部について破棄を免れない。
なお附言するに、原審において取り調べた証拠によれば、「罪となるべき事実」引用にかかる昭和五九年八月三一日付起訴状記載の公訴事実のうち、別紙犯罪一覧表番号5ないし8の事実については、自動車販売業者兼「オートローン」等契約取次業者である有限会社功明の代表者東功が被告人と共犯関係にあることが明らかであるから、その旨の訴因変更によつて詐欺罪の構成要件を満たすこととなるが、同表番号1ないし4については、自動車販売業者兼「オートローン」等契約取次業者である株式会社信和自動車工業の代表者前川信夫が被告人と共犯関係にあるのか、それとも被告人から欺罔されて本件金員を交付したものであるのかは明らかではないから、この点についてはなお審理を尽くしたうえで訴因を変更するのが相当である。
よつて、量刑不当の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、刑訴法三九七条一項、三七八条四号に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い本件を原裁判所である福岡地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 淺野芳朗 川崎貞夫 仲家暢彦)
別紙 犯罪一覧表
番号
契約申込
年月日
(ころ)
契約会社
(被害者)
被欺罔者
契約取次店
(自動車販売店)
振込年月日及び
振込金額
騙取年月日(ころ)
騙取場所
騙取金額
申込名義人
振込先
1
五八、二、七
日本信販株式会社
久留米市東町四二番地の二一
同上福岡支店久留米営業所所長
塚本清人
株式会社信和自動車工業
(代表者前川信夫)
五八、二、一〇
九二万円
五八、二、一七
八女市大字大籠一九番地
株式会社信和自動車工業事務所
八五万円
蒲原智明
八女市大字本村三四七番地の四所在西日本銀行八女支店の同上の当座預金口座
2
右同
日立クレジツト株式会社
同市大手町五番三号
同上久留米営業所営業担当
重博史
右同
五八、二、一五
九二万円
五八、二、二〇
右同
八一万円
右同
右同
3
五八、三、四
右同
右同
右同
五八、三、一六
九〇万円
五八、三、二六
右同
八一万円
田島ミチヨ
右同
4
右同
株式会社
ライフ
同市日吉町一四番三三号
同上久留米営業所所長
山本承
右同
五八、三、一〇
九〇万円
右同
右同
八一万円
右同
右同
5
五八、三、一四
株式会社
セントラルフアイナンス西日本
同市東町四九五番地の一
同上久留米支店支店長
木村二郎
有限会社功明
(代表者東功)
五八、三、二八
八〇万円
五八、四、一一
久留米市上津町一、一八二の二
有限会社功明事務所
八〇万円
田島ミチヨ
久留米市上津町一六七八番地の六所在筑邦銀行上津支店の同上の当座預金口座
6
五八、四、二三
日本信販
株式会社
同市東町四二番地の三
同上福岡支店久留米営業所課長代理
岡田博志
右同
五八、四、二八
七五万円
五八、四、二八
右同
七五万円
渡辺哲也
右同
7
五八、四、二四
日立クレジツト株式会社
前記2と同じ
右同
五八、五、九
七五万円
五八、五、九
右同
七五万円
右同
右同
8
五八、四、二八
株式会社
セントラルフアイナンス西日本
同市東町四九五番地の一
同上久留米支店支店長代理
林正幸
右同
五八、五、六
七八万円
五八、五、六
右同
七八万円
右同
右同